読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「介護する必要は無いと思う」という記事を読んで、その気持ちは自分も強く思っていたが結局は介護することになった。

雑記

こんにちはnasustです。はてなブックマークを巡回していたら、こんな記事を見つけました。

www.tantandaisuki.com

気持ちは凄〜く分かる!! 分かるぞ。僕もそう考えていた。

でも介護しました。介護の実体験は記事に書いてあります。 ⬇︎ nasust.hatenablog.com

その記事の一部で、僕は母に親子としての情はあるが嫌いであると書きました。 ですから実際に介護する前は、将来介護するの嫌だと考えていました。

何で俺が介護で犠牲にならなきゃダメなのかとか、介護なんて面倒でヤル気も無いよとか、そんな風に母が嫌だから将来の介護を真剣に考えていませんでした。

しかし、ある日突然、母が倒れて介護が必要な体になってしまった。 覚悟も何も無かった。とりあえず病院の相談員から言われるまま、介護と支援の説明を受けた。介護なんてしたく無かったが、まさか言う訳にはいかない。言った所で支援の説明されるだけだろう。

流されるまま、介護の色々な支援と手続きして、母を介護することになった。 その時の気持ちは、「介護しないで見殺しにすることは出来ないから、仕方ない介護するか」といのが正直な気持ちでした。非情にはなりきれませんでした。

そして、その気持ちのまま1年が過ぎて母が死亡して介護生活は終わった。

「介護する必要は無い」それで見殺しする事ができるのか、放置して世間が介護しろと言われても無視できるのか、また放置して苦しんでいないのか、色々と自分の良心との戦いになると思う。

それが出来たら、確かにミニマムで身軽だが自分の大事な何かまで捨ててしまうだろう。

誰もが介護しないで生活できるようになると良いと思いと思う。誰も介護なんてしたく無いと思う。その為にはどうすれば実現できるかは分からない。

広告を非表示にする